今日は、高校時代からの友達と銀座で待ち合わせ。 一緒に買い物をするのはもしかして初めてかもしれない。 ←それでも友達 まずはお茶して、いろんなおしゃべりをした。 買い物もいっぱいしたし、時間はあっという間に過ぎていった。 しばらくお互い忙しかったりして会えない時期もあったが、そこはやっぱり学生時代からの友達。 そんなブランクは全く感じなかった。 とにかく楽しくって、一緒にいて楽だった。 また一緒に買い物に行きたいなぁ。 夕方には、帰国後の披露宴パーティーの会場を下見。 内金も納めてきた。 店員さんの対応がとてもよかったし、場所も丁度いいと思った。
昨日、Wandererの追い出し会に出席したときに、スキー部の人といろんな話をした。 聞けばバドミントン部を作ろうとしていて、出席者の中にはスキー部の方も結構いることが判明。 職場がみんな違うので、名前と顔が一致しないこともあるがとりあえずメンバーに入れてもらうことに。 バドミントン経験者が意外と多いようなので、ちょっと楽しみだ。
ウェルカムベアの女の子がほぼ完成ヾ(≧▽≦)ノ 男の子も本体は出来上がった。 あとは衣装を作って着せるだけ♪ やっとここまで出来たよ。 ベストと帽子も作った。 ひろちゃんのリクエスト通りに出来たかは微妙… 裁縫はどちらかというとあまり上手な方ではない。(ママごめん…) でも、そんな私でも出来た!!!! 手作りっぽくて超かわいい!!! ←もう夢中 自分で作ったものの中でこれほど愛着の湧いたものはなかったかも。 今日はWandererの追い出し会。 ひろちゃんと一緒に出席予定。
リングピロー完成ヾ(≧▽≦)ノ レースの種類や、土台の大きさ、デザインのレイアウトなどいろいろ悩んで作り直しまでしてやっと出来上がり。 指輪はリボンで結ぶタイプではなく、レースの小さなお花をつけて、そこにリングをはめ込む形にした。 レースだけで飾ると少し寂しいので淡水パールもつけてみた。 出来栄えには大満足♪ ひろちゃんも『いいのが出来た』と一緒に喜んでくれた。 ウェルカムベアーも順調で、出来上がり間であと少し。 ボディーに綿を詰めて、あとは衣装を作って着せるだけ。 だんだん出来上がりが見えてきて楽しい。 ひろちゃんのリクエストも盛り込む予定。 出来上がったら写真を撮ってHPに載せたいと思う。
最近、なんか何もかもがいっぱい・いっぱいだ。 冷静になって考えれば、やることがいくらあっても優先順位を決めてひとつひとつクリアしていけばいいのに 気持ちばかりが先走ってしまっていて、どうにもならない。 オプションの申し込みはいつ頃すればいいのか、リングピローやウェルカムベアはいつ頃までに出来上がればいいのか 帰国後のパーティーには誰が出席してくれるのか、地図や日程、会場名などは連絡が行き届いているか 幹事さんへのフォローは大丈夫か、海外旅行保険の申し込みは10月で大丈夫だったかどうか 旅行のパンフがいつ頃届くのか、心配事は尽きない。 スケジュール的なことはひろちゃんのほうが至って冷静だ。 頼もしい限りである。 ひろちゃんに『大丈夫! 今のところ準備は順調に進んでいるし、俺も把握してて考えているから!!心配するな』と 言われると、随分気持ちが楽になる。 そうだ。私だけが準備しているんじゃない。 一緒に考えてくれる人が居る。
昨日は夜更かししていたため、寝たのは日付が変わってから。 そう言えば、Wandererの誕生日だと思ってショートメールを送った。 『きっと、朝起きてびっくりするだろう』と思っていたのに すぐに返事が来てしまってびっくりしたのはこっちだった(笑) 今日1日仕事を頑張れば、待ちに待った4連休だ。 仕事も順調だし、この調子なら気分良く連休に入ることが出来そうだ。 先日、元会社の先輩2人に手紙を出した。 挙式後のパーティーに是非出席して欲しいと手紙に書いたのだ。 正直最初は悩んだ。 2人共、主婦だし小さな子供が居る。 初めての子育てはきっと大変だろうと思って、迷惑になっては いけないから会いに行ってなかったし、連絡もあまりしていなかった。 たまにメールで近況報告をしていたのだが 受け止め方は千差万別。 相手がどのように感じるか全くわからなかったので私もどう接していいか迷っていたのだ。 中には"今まで疎遠で連絡すらくれなかったのに、こういうとき(結婚披露)だけ呼び出すなんて"と言っていた人も居た。 もちろんそう言ったのは子供を2人も抱えていた人だ。 彼女も私には連絡をしてはくれなかった。 全く疎遠だったわけではない。 手紙を出したり、ショートメールを出しているのはいつもこちらからだ。 返事をくれなかったのは、彼女の方だった。 でも、子育てに忙しい人が返事が出来なくても仕方が無いことだ。 無理も無い。 高校の卒業式のときにはお腹に子供が居たのだから。それ以来ずっと頑張ってきていることを知っていたし。 私は彼女を責めたことも、共通の友達に愚痴をこぼしたことだってなかった。 そういう苦い経験があったので、会社の先輩にも報告が遅くなってしまったのだ。 でも、先輩は2人共"是非出席させて欲しい。連絡してね"と言ってくれたのだ。 もちろん、子供の具合が悪くなってしまったりして約束を守れないかもしれないと言っていたが、それは当然のことだ。 もしそうなって出席できなくなっても、私はなんの不満も覚えないはずだ。 先輩たちは、私が報告したことを喜んでくれた。 おめでとう!幸せになってね! パーティーに出席するからねと言ってくれた。 そう言って貰えただけで本当に嬉しかった。
午前中、ひろちゃんに用事があって出かけた後、私は掃除機をかけたり、布団を干したり、洗濯物などを一気に片付けた。 住所変更の手続きを取っていなかった携帯電話とクレジットカードは電話で済ませた。 2時間も経たないでひろちゃんが帰ってきたので、今度はおでかけだ。 最初、コージツへ出かけた。 アウトドア用品を専門に売っているお店だ。 そこで買い物をした後、結婚指輪を取りに行った。 日付の入ったぴかぴかの指輪だ。 日付が間違っていないか、サイズは大丈夫かなどを確認して受け取ってきた。 その後今度は別のお店に行ってあれこれと買い物をしてきた。 なんだかんだ言って2万円強も使ってしまった。
今日は朝8時過ぎには起きて、おにぎりを作った。 全部で15合。かなりの量だ。 お昼から近所の川で会社の人とBBQをするのに、焼肉だけではちょっと…と思って自分から申し出たのだ。 でも、それは非常に甘い考えだった。 15合というのはとんでもない量だった。 やってみて初めて実感した、15合の量のすごさ。 いつもは1合半程度しか炊かないし、早炊きで30分くらいで炊ける。 前の夜に5合セットして、朝起きてお釜を開けてびっくりだった。 お釜から溢れちゃうんじゃないかってくらい お米がどっさり… 量が増えても早炊きで炊けるのかな?と思ってやってみたら、芯は残るし、下のほうはまだおかゆのようにべちゃべちゃ。 いちかばちかそのままもう30分早炊きでセットしてみたら、案外うまく炊けた。これはちょっと救われた。 その間に、梅干とシラス・鮭・塩の3種類のおにぎりの準備をして片っ端からおにぎりにしていった。 15合目となる3回目を炊くときは、無茶をせず普通の1時間でセットして炊いた。 でも、私の安易な計算では30分で5合炊けると思っていたので、当然時間は間に合わない。 予定では20合炊くつもりだったが、15合が限界だ。 仕方がない。 約束の時間をちょっと回った頃、会社の先輩が迎えに来てくれたので相乗りして川原へ向かった。 おにぎりは予想以上の反響で、みんなとっても喜んでくれた。 中には『おにぎりがちゃんと全部同じ大きさににぎられてる!!!!』と褒めてくださって、言われて初めてそのことに気が付いた 私はちょっと嬉しさ半分、照れ半分だった。 夢中で作ったからおにぎりの大きさなど考えていなかったのだ。 おにぎりは、5合でおよそ18個くらい作れた。50個近く作ったことになる。 自分でもちょっとびっくりだ。 みんなが口を揃えて『美味しかったよ』と言ってくれて本当に嬉しかった。
午前中にフレックスを使って市役所・郵便局・銀行・警察署に行ってきた。 ひろちゃんが以前、異動届を役所から貰ってきてくれていたので前日に記入して窓口に持っていった。 まだ籍を入れていないので、世帯主との苗字が違うから役所の人がひろちゃんに電話をかけて確認を取った。 無事届け出も終わり、住民票を1通貰って今度は目の前にある郵便局へ。 郵便物の転送届けを出して次は銀行だ。 カウンターに置いてある用紙に記入して、カードと一緒に窓口に提出。 それから警察署に向かった。 免許証の更新窓口で申し出て用紙を貰った。 それに必要事項を記入して 提出する際、新しい住所が確認できるものを提示しなければならない。 それを知っていたので住民票を取ったのだ。 平日でないと受け付けてくれないお役所関係はこれで終了。 自転車で回れる範囲に各機関があってよかった。 住民票は、世帯主も記載されているものを貰った。 ひろちゃんと同じ住所になって1人でウキウキした。 これで引越しは終わった〜という安堵感と、正式に同居人となったことへの嬉しさとでいっぱいだった。
結婚指輪を買いに行った。 私の左の薬指のサイズは7.5だ。 中途半端なサイズのため、指輪のサイズ直しが必要だった場合直しにどれだけの時間が必要かわからなかったので 早めに買いに行くことにしたのだ。 メーカーもどの型番の指輪かも決めてあったのでお店に入ってまっさきに見つけた。 サイズを確認して、お願いすると*.5のサイズは取り扱っていないと言われた。 でも、指輪が太いデザインなので8号で大丈夫だということになって、8号でお願いすることにした。 ひろちゃんの指のサイズは15号だということが判明した。 指輪には日付とイニシャルを入れてもらうことにした。 2週間後には出来上がって受け取れることになっている。 お店での滞在時間はおよそ10分。 用が済んだら、今度は不動産屋さんへ行った。 マンションの解約手続きをするためである。 用紙に必要事項を記入して、鍵を渡した。 手続きが済んだ後、ワタベが送ってくれた旅行のパンフやその他書類を同行者に郵送し、 私の両親の祖父母とご先祖様のお墓参りに連れて行ってもらった。 先日、母方の祖母の命日で祖父母のことを思っていたら、ワーホリから帰国後 まだ一度もお墓参りをしていないことに気がついた。 彼を連れてのお墓参りは初めてだ。 きっと天国でご先祖様も祖父母も見ていて知っていると思うが墓前に報告したかった。 急に思い立ったのでお線香もお花も用意せず出かけてしまったが、お墓に行く途中父方の実家に寄って挨拶がてら お線香を分けてもらった。 いとこも伯父も伯母もみんな私が突然の訪問にも関わらず温かく迎えてくれた。 父方の家のお墓に刻まれた祖父母の名前を見つけて、結婚の報告をした。 そこから更に車で20分ほど行ったところに母方の家のお墓にも行ってきた。 こちらも先週私の伯母が来てくれたお陰でとても綺麗に掃除がしてあった。 特に母方の祖父は私を可愛がってくれていたので、私もおじいちゃんっ子だった。 ワーホリに行く2ヶ月前他界したのだ。 あと少し長生きしてくれていたら、私の晴れ姿を見せてあげることが出来たかもしれないのに…と思うと涙が止まらなかった。 2人揃ってお墓参りが出来たことは嬉しかった。
最後の片づけをした。 ゴミを分別して、掃除機をかけて、拭き掃除もしてきた。 畳やジュウタンが日焼けしないように、不要となったカーテンをかけて、ブレーカーを落として帰ってきた。 部屋にはなにも無くなった。 たった1年半の1人暮らし生活だった。 正確には後半は帰ってこないことのほうが多かったが、それでもやっぱり思い入れはある。 引っ越して数ヵ月後、母が荷物を持ってやってきて4ヶ月間の同居生活をした。母との最初で最後の同居生活。 多少の不便はあったが、そこはやっぱり母と娘。楽しいことのほうが圧倒的に多かった。 仕事から早く帰れる日は、母の手料理を食べることが出来たし、洗濯もしてもらえた。 自然のアウンの呼吸で家事の分担はスムーズだったし、金曜日の夜は遅くまでおしゃべりを楽しんだりした。 楽しかったけど、やっぱり母は父と4ヶ月も離れて暮らすのも初めてだったし、煙たいときもあるけど父が好きなんだろう。 恋しくなって、春になってすぐに父のところへ行ってしまったときには少し寂しかった。 山梨の家が出来上がって、初めて遊びに行ったとき、駅の改札口で待っていてくれた母を見つけて先に大泣きしたのは私だった。 私はどうやら年を取るたびに甘えん坊になり、寂しいとき・嬉しいとき感情を両親にぶつけるようになって来ているように思う。 母が居なくなってから、私の部屋には沢山の友達が泊まりで遊びに来てくれるようになった。 パンや肉まんを手作りしたり、鍋パーティーをしたり、ジンギスカンパーティーもした。 もんちゃっくやPUPも泊まりに来てくれたし、ミーナも息抜きに泊まりに来てくれたりした。多いときで、6人が詰め込んだこともあった。 短い期間だったけど、いろんな経験が出来た1人暮らしだった。
今日は、私の母方の祖母の命日だ。 今年は13回忌にあたる。 もう12年も前のことなんだ… 私はその日の事をよく覚えている。 夜、いつもならありえない時間帯に両親は私と弟を家に置いて車で出かけた。 なんとなく私は弟と一緒に起きて両親の帰りを待っていた。 その数週間前に、両親に連れられて祖母のお見舞いに行った。 その病院は、私が生まれた病院だった。 両親は私たちに祖母が癌であることを知らせていなかった。 なにも両親には聞かなかったが、祖母とお別れが近いことをなんとなく悟っていたように思う。 私は父に断って、祖母の腕をさすったのだ。 数時間後、両親は家に戻ってきて私たちの部屋にやってきてそのことを伝えた。 そのときの母は冷静だった。 自分で運転して帰ってきたのだと言っていた。 私や弟も悲しんだが、子供心に悟っていた分冷静だった。 『都立の高校に入学してハワイに行こう!』というキャッチフレーズで都立高に入学した私だったのだが 祖母が病気だったため入学してすぐには海外へは行かなかった。 だからよく覚えている。 あれからもう12年。 最近お墓も行っていない。 片時も祖母の事を忘れたことは無いが、結婚の報告をしにお墓参りに行きたいな…と思う。
今月も忙しくなりそうだ。 引越しも終わって、挙式まであと3ヶ月。仕事も忙しくなってきたし、頑張り時かなぁって思う。 11月の上旬に1週間ほどお休みを貰うのだから、今頑張らなくっちゃね。 去年の今ごろは、丁度ひま種野球の入団テストをしていた頃だ。 甚兵衛をエントリーさせてもらったりした。 結果、甚兵衛はキャッチャーを任されるようになり、おか父さんのHPでそのおっとぼけ振りを大いに発揮してくれることとなったのだ。 先日、おか父さんがひま種野球の試合終了と共に思い出のアルバムを作ってくれた。 昨日、モデムが届いた。 あとは電話局の工事を待つのみ… 接続はひろちゃん担当。 私は設定担当らしい?(笑) 果たしてうまくいくかどうか。