*2002/11/2 挙式当日 *
 
朝07:00に起きて、ホテルのフロント傍にあるカフェでコーヒーとパンを買って食べた。
今日挙式なんだという実感は全くなくて、私たちは結構落ち着いていた。
昨日の夜、エアコンのスイッチをオフにしていたのだが、やはり部屋が乾燥していたようで少し喉が痛かったが、
それ以外は気分もすっきりしていたし朝ごはんもしっかり食べた。
9:45にタキシードをレンタルする父とヘアセットをする母たちと一緒にピックアップ予定だったので、
持って行く荷物を全てまとめて9:40にはフロントへ向かったが誰も居ない。
携帯にかけても誰も出ないし一体どうなっているんだとイライラしているところへ、ひろちゃんのお母さんが現れた。
しかし、まだ叔母も母も父も来て居ない。 フロントにある電話で部屋に電話をかけたら、英語で『ハロー』と言われたので一瞬驚いた。
間違えたか?! と思っていたら大笑いされた。 のんきに母は私をからかったのだ。
『なにしているの? もう時間だよ。』と催促し、一緒にワタベに向かった。
ワタベに到着すると、駐車場には立派なリムジンが何台か停まっていた。
受付を済ませ、ここで母たちと別れる。 母たちは受付の奥にあるメイク室でヘアセット。 父と私たち3人は向かい側のビルへと向かう。
事務所に案内され、ここでタキシードのレンタルをする父と別れる。
父や母たちは用事を済ませた後、ワタベのスタッフがホテルに送ってくれることになっている。
現地支払いを済ませ、挙式を挙げることについての誓約書にサインし、(マナーが悪いと挙式が中断されることもあるらしい)
それから恋人岬に記念プレートを貼って貰う同意書や、挙式の写真をワタベのHPに載せる同意書にもサインする。
挙式の流れの説明も受けた。 オプションの内容を確認した後、オプションで頼んだチャペル内の生花を挙式後どうするか尋ねられた。
そこで私たちは、祭壇に飾られた花は挙式後のパーティー会場へ。 残りの花はホテルの部屋に運んでもらう事にした。
11:00ごろに説明が一通り終わり、12:00から私のヘアメイクが始まるまでの間近くのお店を覗いたりして時間を潰した。
12:00、受付の奥にある3畳ほどの個室がいくつも並んだメイク室へと案内された。
まずはヘアスタイルから。 挙式の2週間ほど前に日本でリハーサルをしたときの写真を見せてお願いしたのだが、どうも手つきが怪しい・・・
不安になった私はひろちゃんに可能な限り付き添ってもらう事にした。 私の髪は多いので苦戦しているのかも・・・と思いつつ
鏡越しに様子を伺うと、手つきは怪しいし、ハードスプレーをガンガン吹き付けられた。 やっとの思いでそれらしくなってきたものの
後ろでその様子を見ているひろちゃんの顔つきが曇っている。 どうやら写真とはちょっと違うようだ。
時計を持っていなかったのでどれくらいの時間がかかったかは判らないが、明らかにリハーサルよりは時間がかかった。
そして出来上がりはかなり強引にその形となって、私は思いっきり不愉快だった。
メイクも同じく不満だらけだった。 肌の弱い私は使い慣れたリキッドファンデーションを持参していったのだが、
担当者は扱いが乱暴だったのだ。必要以上にリキッドファンデーションを手に取り、
私が『そんなに必要ない!』と言うと、瓶に強引に戻そうとした。そして瓶の口はファンデーションでべっとりになりそのままフタを閉めようとしたのだ。
これには私も怒り爆発!!! 思いっきり『NO-----!!!!!!!』と言い、瓶の口を綺麗にしてもらった。
担当者は、その人の顔つきや顔の色など全く気にせずただ一通りの化粧をほどこしているとしか思えないほどだった。
とてもプロの仕事とは思えない。 (もちろん、帰国後このことはクレームを出した。)
私は顔立ちもはっきりしているし、とくに目の化粧をすると化け物と化すので、アイシャドウも薄く、アイラインやマスカラは要らないと言ったが
注文しているそばから化粧をしようとする。 任せて置けないと判断した私は細かくチェックしていった。
そんな中、不機嫌になったのかどんどん仕事が粗くなっていく担当者。 当然私はピリピリしていた。
その間、ひろちゃんの着替えも終わりやっと私の支度も整った。 さぁ出発となったとき、ふと時計を見ると13:30・・・
挙式開始予定時刻だ。 どうやら、予定時間が過ぎたため担当者が焦って仕事が粗くなったようなのだ。
困ったものだ・・・
リムジンに乗り込みいよいよ出発。 リムジンは新しくて、中もとっても綺麗だった。 陽気なドライバーが話しかけてくる。
BGMは宇多田ヒカルの曲だった。 カメラを持ってくれば良かったねと話をしながらリムジンはチャペルへと向かった。
チャペルに到着し、ひろちゃんが先に車を降りた。ひろちゃんがリングピローと指輪を係りの人に預ける。そして私はドアが開けられるのを待つ。
リムジンを降りてブーケを渡された。思ったよりかわいいブーケで顔がほころぶ。そしてまず写真撮影とビデオ撮影。
チャペル入り口では牧師さまが満面の笑みで出迎えてくれた。 ミクロネシアの人と一目で判る褐色の肌の素敵な牧師さまだった。
明るく出迎えられ、一緒に記念撮影。 でも内心、挙式開始予定時刻をとっくに過ぎていて、中で待っている家族のことが気になった。
中に案内されて、まずは牧師さまの歓迎の言葉、祝福の言葉を受ける。
父がやってきて、私とひろちゃんの真ん中に座った。 父は私を見ようともしない。 どうやら緊張しているようだ。
ここでも一通りの挙式の進行の確認をしてもらえるので、再確認をし私と父はバージンロードの入り口ドアの前にスタンバイ。
そしてドアが開いた - *挙式*が始まった。 (←太字をクリックすると詳細が見れます)
ウェディングシンガーの声がチャペルいっぱいに響く。 5歩ほど前に進んでお辞儀をし、歌が終わるを待つ。
母の顔が目に飛び込んできた。 母は目に涙をいっぱい浮かべて声こそ聞こえないものの、『とっても綺麗だよ』と言っているのが判った。
今朝方到着した弟も席にいた。 私たちより1日前に現地入りしたえだまめの友達も居た。
歌が終わり、結婚行進曲(ワーグナー作 婚礼の合唱より)へと曲が変わってから私と父はバージンロードを一歩ずつ進む。
バージンロードはガラスで出来ていて、その下には真っ白な砂が敷き詰められている。
真正面の祭壇の向こうにはタモン湾が広がっていて、湾の向こうには恋人岬が見える。 陽が差し込んで、チャペル内はとても明るかった。
ひろちゃんと並び、牧師さまの前へと進み開式宣言、そして牧師さまから新婦父に2人の結婚の承認を問われる。
祈りの儀式・牧師さまからの言葉と式は進んでいく。
指輪の交換をしたとき、私は胸がいっぱいになって言葉に詰まってしまった。
でも、牧師さまは優しくフォローしてくれたので無事指輪の交換を済ませることが出来た。
その後は、私もひろちゃんも気持ちが落ち着いたかのようにリラックスしてキャンドルの儀式・祝福の祈り・結婚の宣言へと進んで行った。
最初、誓いのキスはひろちゃんが私のおでこに・・・と話していたのだが、チャペルに到着して牧師さまのお話を聞いているときに
介添えのスタッフに『神聖な儀式なので、きちんとリップとリップでお願いします。』と言われた。
でも、おでこよりずっとよかったと思った。
結婚証明書にサインをし、退場。 このときも私は、母に声をかけられ涙ぐんでしまって、
あとから見た写真は泣いているものしか残って居なかった・・・
挙式が終わってからの私たちは気分も晴れ晴れとして笑顔が絶えなかった。
チャペル内での写真・ビデオ撮影や集合写真。 チャペルの外でも撮影は行われた。
海も空もとっても綺麗で、私が憧れていた海外挙式そのものだった。 今までとったことのないポーズで写真を撮るのは恥ずかしかった。
でも、ひろちゃんと結婚できたことがなにより嬉しかった。 スーツ姿のひろちゃんは、今までのどの服装よりもかっこよかったし
6人もの友達と両親ときょうだいと叔父・叔母に見守られての挙式が出来た事もとても嬉しかった。
カメラマンに催促されて、初めてひろちゃんにお姫様抱っこをしてもらった。
ひろちゃんは、重い!!!という顔ひとつせず私を抱きかかえてくれた。
撮影の後、次の挙式の参列者と思われる人たちがチャペルに到着し、
私たちはみんなより先にリムジンに乗り込んだ。
みんなにリムジンに乗っている私たちの写真を撮ってもらってからホテルに向かった。
ホテルの正面玄関の前でみんなが来るのを待って、それからゆっくり友達と話をした。
その後パーティー会場へ。
テーブルの上には祭壇に飾られていた生花が既に飾られていた。
ケーキも用意されている。 席に着いて、ひろちゃんの挨拶で乾杯をして、食事をした。
食事はバイキング形式で、いろんな料理が用意されていた。 どれも美味しかった。
ケーキカットでは、ひろちゃんが立ち位置を間違えて、残った写真は私が何度見ても
泣きたくなる出来栄えになってしまった・・・ 立ち位置はとっても大事なのに・・・
ひろちゃんは、帰国後のパーティーでは間違えないようにするよと言ってくれたけど。
家族揃っての写真も撮ってもらった。 両親とおとうとと私の4人での記念撮影は何年振りだろう。
あっという間にパーティーも終わってしまい、部屋へと戻った。 部屋の前には、生花が届けられていた。
その生花を数本ずつ、家族の部屋へと届けた。
パーティーが終わったのが17時を過ぎていたので、とても夕飯を食べられないと思い、
予約していたレストランをキャンセル。挙式の余韻に浸りながらのんびり過ごした。
疲れたので横になっていたら、少し眠ってしまった。
私はホテルのDFSに行ったりしたが、戻ってもまだひろちゃんは寝ている。
せっかくの夜なのに・・・と思ってたたき起こして、小腹が空いたので軽くなにかを食べようということになり
ホテルのロビーへと向かったら丁度私の家族たちが買い物から帰ってきたところだった。
手にはいろんなものを持っている。明日の午後の便で帰国する弟との最後の夜なので
みんなで打ち上げをすると言うので私とひろちゃんはジョイントすることにした。
オリーブや、蛸のキムチやら、カップラーメン、フルーツなどいろいろなものを買ってきてくれていたのでちょっとずつ貰って、
挙式のことや昔の思い出話に花が咲いた。 叔母たちの部屋に集まったのだが、叔母たちの部屋と私たちの部屋は繋がっていたので
ドアを開けて行き来できるようにした。 弟を部屋に案内したら、部屋が広くていいなぁと言われた。
チャペルの見えるベランダに弟とひろちゃんと3人で出て、いろんな話をした。
そうしたら突然真っ暗になった。 停電だ。
さっきまで見えていたセントグレイスもセントプロバスも照明が落ちていたし毎晩うるさいと思っていた
バーのバンド演奏もぴったりと止んでしまった。 周りを見渡したら、あちこちの主要ホテルの照明も消えていた。
タモン地区が停電したのだった。 これにはさすがに驚いた。 でも、電気はすぐに復帰して事なきを得た。
打ち上げも解散して、ベットに入った。 楽しい一日だった。
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